もなかのことばおきば

ラブライブに関する妄言とその他いろいろ

人生の調味料

みなさんお久しぶりです、最中司でございます。

 

今回は4th記事です。

とはいえレポ記事的なものにするつもりは無いんですよね。

 

今回は僕が4thライブで受けた感情やエモーションを言語化してみようと思います。

全くできる気がしないけど、とりあえずやるだけやります。

サクッとね。

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言葉のお化粧があまり得意ではないですが、伝えられるよう頑張るので最後まで読んでいただければ嬉しく思います。

 

大きく分けて三項目について話します。

・船と蓮

・純粋さ

・最高とは

それでは参ります。

 

・船と蓮

皆さんも恐らく度肝を抜かれたのではないでしょうか。

あの光り輝くAqoursシップに。

 

僕もあんな大きな舞台装置が出てくるとは予想していなかったので非常に驚きました。

 

僕らファンの作る光の海を、船に乗り歌い踊る。その姿に多くの方が心揺さぶられたと思います。正にSailing to the Sunshineでしたね。

 

しかし、僕はあの光景を見た時、また別の感情に揺れていました。

 

あの東京ドームのステージがそうさせるのか、それとも意図された演出に導かれたのかはわかりませんが、μ’sのファイナル、その中でも最もインパクトと感動の中心である巨大な蓮。

その花弁から姿を見せた彼女達を、僕はふと思い出していました。

思い出すと言うよりフラッシュバックした、という表現の方が正しいかもしれません。

当時見ていたアングルも高さも全く違うのに。実に不思議な感覚でした。

 

目の前の彼女達と数年前に見たあの輝き。

そのふたつの光景が脳内で交互に写り、そして混ざり合うような。

 

なんとも形容し難いものでしたね。

 

これらの光景を脳内で繰り返していくうちに、気付けばひとり小さく呟いていました。

 

あぁ、全然違うじゃないか、と。

 

その時、本当に今更ですが、彼女達は自ら歩んだその足で、しっかりとこの東京ドームに立っているんだなと実感してしまったんです。

 

μ’sAqours

比べる意味の無いほどに彼女達はそれぞれ違う歩みと想い、そして未来を見ていました。

そんなことはずっと前からわかっていましたし、理解もしていたんです。

それでも、あの時の僕はそう感じたんです。

 

何故なのでしょうね。未だにわかりません。

 

気付けば僕は涙を流しながら目の前の輝きに夢中になっていました。

今が最高だから、なのでしょうね、きっと。

 

結局あの時の心の動きと涙は何に対してのものだったのか、未だにわかりません。

それでもあの時の感動は本物でした。いつかこの感情に答えが出せるといいなと、そう思います。

 

 

・純粋さ

ラブライブに出会うまで、僕は物語に触れて泣くということをほとんどしたことがない人間でした。

それなのに今ではライブでは毎回泣いてるしアニメを見直しても泣くしなんなら曲聴くだけで泣くと言った有様なんです。

 

今までの面影がない程に泣いてしまうんです。

 

お世辞にも自身の思考や考え方が純粋であるとは言えない、むしろ不純だらけとさえ言えるほどなんですよね。

 

そんな僕が、まさかライブであんなに涙を流すことがあるとは思っていませんでした。

嗚咽こそ漏らさなかったですが、大粒の涙がボロボロと流れるくらいには号泣していましたね笑

 

作品のパワー、語り尽くせない魅力、そして夢中になれる繋がり。

そしてなにより全身全霊で楽しもう、受け止めようという真剣さが涙に繋がったのかなと思います。

 

これからも彼女達にたくさん泣かされると思います。むしろ泣かされたい。

自分の感情が動くままに涙を流し、大声をあげ、輝きと共に歩んでいきたいですね。

自分の感情に素直でいたい。

 

 

 

・最高とは

今が最高だと、数年前に彼女達は歌いました。

今この瞬間が今までのどんな自分より最も新しく、最も輝ける。

僕はそう思っています。

過去の自分では成し得なかったことも、今の自分なら成し得る可能性を持っている。

 

Aqoursとして、様々なステージで数多くの事を成し遂げ、その輝きに僕達は魅了されてきました。

そして場数を踏んでいくに連れて、そのパフォーマンスも格段に素晴らしいものへと変化していくのを、皆さんも感じていると思います。

1st、2nd、3rd、それ以外にも本当に多くのステージを経験してきましたよね。

彼女達は常に、僕達の知らなかった新たな姿を見せてくれました。

 

そう、今が最高なんです。

 

彼女達は常に努力をして最高のステージを僕らに見せてくれています。

その最も輝いている最新のAqoursこそ、最高だと賞賛すべきなのではないかと僕は思います。

最高とは常に更新され続けるもの。

もちろんそれが彼女達演じる者にとっては枷であり重荷でしょう。

しかし、その枷こそ彼女達が今より更に、過去よりもっと良いものに、素晴らしいものにしようと努力をしてくれているという証そのものではないでしょうか。

 

だから僕達は、最新の、最高のAqoursへ最高だと言い続けることが、彼女達への最高の声援なのではないでしょうか。

 

・最後に

今回、東京ドームで本当に多くの方と直接お会いすることが出来て本当に嬉しかったです。

この場を借りてお礼を言わせてください。

本当にありがとうございました。

願わくば、またどこかの現場でお会い出来ればと思います。

 

 

僕はラブライブ!サンシャイン!!に出会って、大きく人生が変わったと言えるほどの劇的な変化はなかったと思います。

とはいえ、小さな変化や広がった交友関係も事実。

ラブライブ!サンシャイン!!は、これからも僕の人生のエッセンスになっていくとも思います。というのも、あくまで調味料として昇華していきたいんです。劇的に変わったと言ってしまうと、人生にブレがあるみたいになってしまいそうで怖いんですよね。

 

作品に触れてからは本当に楽しい出会いに溢れています。

新しい出会いと新しい挑戦。それを肯定していく自身の考え方。それを受け入れてくれる関係。

素晴らしいの一言ではとても片付けられない。

これも運命なんですね。

 

偶然ではなく運命だと劇中でもありましたね。

偶然だと思えるようなことにも、その偶然に至るまでのプロセスみたいなものは確かに存在すると感じています。

それこそが運命なのではないかなと、僕は考えています。

そしてその運命、プロセスにちゃんと向き合い、自信を持ってこれは運命だ!と胸を張って言えるような人生を歩んでいきたいと思います。

 

これからもよろしくお願い申し上げます。

 

それではまた次回の記事でお会いしましょう!

行けるところまで行こう

みなさんこんにちは。

 

最近は下書き記事ばっかり貯まる最中司でございます。

 

今回はほんとにサクッと行きます。

 

 

早速本題ですが、皆さんは岡崎体育というアーティストをご存知でしょうか?

 

ミュージックビデオが最も有名かと思います。

youtu.be

 

他にもCM曲やポケモンを始めとした子供向け番組の楽曲も手がける彼。

 

世間では色々と言われていますし、好き嫌いがかなり別れるアーティストだと思います。

 

そんな岡崎体育、実は僕むちゃくちゃ好きなんですよね

音楽にそこまで詳しい訳では無いですが、彼の音楽に対する姿勢の実直さと楽曲のギャップに心奪われました。

すごい真面目に、真剣にやってるんだなと感じるんですよね。

 

一見すると不真面目で馬鹿にしたような、俗に言うネタ曲が多いです。

 

とはいえ全てが全てネタ曲という訳ではもちろんないんです。

 

今回はその中の1曲をご紹介します。

 

 

『エクレア』という楽曲です。

こちらは岡崎体育のファーストアルバムに収録されている楽曲で、本人曰く真面目に作った曲だそうです。

 

その言葉通り、非常に心に刺さる歌詞と物悲しいメロディー。

そしてその中にも岡崎体育らしいキャッチーさも遺憾無く発揮されているように感じますね。

 

 

夢を見る人、夢を追う人、夢に敗れた人、夢に迷う人。

そんな人たちを激励し、励まし、勇気を与えるような楽曲はみなさんも数多く知ってるかと思います。

 

ラブライブ楽曲に関してもそういうテーマ性のものは多いですよね。

 

ですが、エクレアは確かにこれらの夢を見る人達に向けたものですが、背中を押すものではないと僕は思っています。

 

どちらかというと、隣に座ってくれるようなものですかね。

人によって感じ方はそれぞれですが、僕はそう感じました。

 

肯定してくれる訳でもなく、否定もしない。

ただこちらの愚痴を聞いてくれて、こちらも愚痴を聞き合うみたいな。

寄り添う訳でもないけど同意してくれる。

 

そんな不思議な雰囲気の楽曲なんです。

 

もし、この記事がきっかけでエクレアを知る人が増えたら非常に嬉しいことです。

 

これだけの内容なんですけど、どうしても多くの人に聞いてほしいなと思ったのでほんとサックリですが記事にしました。

 

ついでに他の岡崎体育楽曲を聞いて見るのもオススメします。

 

それでは

海と夢

みなさんどうもどうも、最中司でございます。

 

松浦果南ソロ楽曲について話していこうかなと思います。

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今回の松浦果南ソロ楽曲である『さかなかなんだか』

前回記事にあたる小原鞠莉ソロ楽曲とは全く別の切り口となっているこの楽曲。

今回は恐らく前回以上に妄想全開な内容になるかもしれませんので、ご了承ください。

 

前回のものはこちらです。良ければ是非。

monaka-log.hatenablog.jp

 

○第一印象

ジャズ調で展開される楽曲に可愛らしさが加味されたものとなっていますね。

サビの『さかな さかな さかな~』がとても印象的ですし、歌詞も然ることながらメロディーも非常にキャッチーでついつい口ずさんでしまいます。

ソロ楽曲全般に言えることですが、今回も松浦果南というキャラクターに合わせて海を連想させる歌詞がふんだんに使われていますね。

逆にこの辺りの歌詞が難解になるわけですが、それは後ほど。

 

そして、松浦果南役の諏訪ななかさんの歌声が以前にも増してさらに松浦果南になっていると感じました。最高ですね。松浦果南可愛いですね。ハグっすよハグ。

 

 

○雰囲気と全体像

全体的に非常に可愛らしい印象のあるこの楽曲。キャッチーでポップな、正に踊るようなメロディーライン。

その印象に反して歌詞はネガティブとまでは言えませんが、決してボジティブではないように感じます。可愛らしさの中に物悲しいような雰囲気も感じますよね。

 

そしてもうひとつ、この楽曲に登場する要素があります。

全体的に海に関するものが多いと先程述べましたが、それ以外にもあることにお気付きでしょうか?

 

『夢』です。

 

海に関するフレーズと共に夢に関するフレーズも数多く登場しますよね。

 

ラブライブ!サンシャイン!!の物語を見た方なら、夢と聞くと将来的な目標や、憧れ、目指すものを思い浮かべると思います。

しかし、今回の″夢″はそちらだけではありません。

 

人が眠る際に見る夢。無意識のうちに見る心像や幻覚。

 

この『さかなかなんだか』は海と2つの夢がテーマの多くを占めているのではないかと僕は捉えています。

そしてこの夢とは一種の現実逃避でもあると感じています。

 

松浦果南が見る夢。そして現実逃避。

これが『さかなかなんだか』の全体像なのではないかと。

 

ラブライブシリーズと現実逃避という言葉はあまりにミスマッチだと思う方もいるかもしれませんが、その疑問を持ったまま引き続き読んでいただけると嬉しいです。

 

 

○さかな

果南にとってさかな、海の生き物たちは自由の象徴のような存在なのではないのかなーと感じました。

そして海とは自身が自由になれる場所なのではないかと。

 

幼い頃から海と共に育ち、今もダイビングショップの一人娘として常に潜り続けている。

海とともにあり、それを彼女自身も望んでいることは誰が見ても明らかだと思います。

 

ここで彼女が劇中で発した言葉を思い出して見ましょう。

1期2話。千歌、曜、梨子とダイビングをする直前に梨子とこんな話をしていましたね。

『景色はこことは大違い』

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海を愛し海の魅力に魅せられた彼女ならではの言葉ですよね。

ですがこの言葉、少し考えてみるとちょっとニュアンスや雰囲気に若干の違和感があるように感じませんか?

海の中のその美しさを表現する言葉としてはいささか物足りなさというか、ズレみたいなものを僕は感じるんですよね。

普通なら綺麗だよとか魅力的だよといったような言葉が出てくるんじゃないかなと。

 

しかし、ここで彼女が発したのは″こことは違う″という表現でした。

 

推測すると、彼女自身が海の世界を私たち人が暮らす陸の世界とは別の世界だと捉えているということになるのではないでしょうか。

 

この言葉のシーンは淡島の松浦家が経営するダイビングショップの店先での会話です。

つまり陸に足をついている状態で、彼女は海の世界を″こことは違う″と表現しています。

 

僕らが暮らす陸の世界とは違う別世界。その海という世界を自在に、自由に泳ぐことができるのがさかな。

 

『今世界から解き放たれて
     ねぇ 私は誰だろう?
          さかなになれるかな』

 

陸に縛られた世界から解き放たれ、果南にとっての自由の象徴であるさかなになることが彼女にとって救いや癒しになるのではないでしょうか。

 

 

夢という現実逃避

先程この曲は現実逃避でもあると述べました。

なぜそう感じたのかはラスサビ後の歌詞にあります。

 

『私はおさかな
     そんな気持ちのまま
          ゆっくり目を開けて 足もつけて
               立ち上がる 人にまた 戻りながら

                    でも心は 軽くなってた』

 

陸の世界とは違う別世界である海を自由に泳ぐさかな。

でも自分がさかなでいられるのは夢の中だけ。

そろそろ元の世界に戻ろう。しがらみだらけの陸の世界に。

しんどいけれど今日も頑張ろうって思えた気がするよ。

 

そう歌っているように感じますね。

 

夢という非現実へ思いを馳せ、現実から逃げる行為を肯定する歌詞。

ラブライブは全体的に激励や励まし、勇気や希望と言ったポジティブ、もしくは前進するようなフレーズが多く歌われている楽曲が多いのは皆さんもよくご存知だと思います。

 

しかし、今回のさかなかなんだかはそれとは違うアプローチで聞く人の心を癒してくれます。

逃げてもいい、たまには目を背けたっていい。

まるで松浦果南の代名詞であるハグのような、そして松浦果南の包容力が溢れ出ている楽曲だな個人的には感じています。

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人一倍優しく、人一倍不器用で、そして海のような包容力と可愛らしさを持つ彼女がより一層愛おしくなりましたね。

 

サックリした内容にはなりますが、以上となります。

相変わらずまとまりのない文章ですが、何卒ご容赦、ご意見アドバイスいただけると嬉しく思います。

 

それではまた次回お会いしましょう。

次の記事は今月中には完成予定ですので、その際もよろしくお願いします。

 

ではでは。

後悔しながら納得したい

皆さんどうもこんにちは。こんばんは。

 

最中司でございます。

 

今回は何かの作品について話すわけではないです。

どちらかと言うと僕自身の思いとか考えとかそういった類のものです。非常に個人的です。

 

とはいえ、そんなに重い内容にする気もないので軽い気持ちで読み流してもらって結構です。

 

 

さて。

何故今回このような話題について話そうかと思ったかという所から軽くお話しますね。

 

とある週末に会社の飲み会のあと、仲良くしている同期が終電を逃したんです。

せっかくなので寮の自室に招き、宅飲みしながら夜通し語り明かそうという流れになりました。

あれやこれやと語っているうちに流れで生死観やポリシー、座右の銘などの話になったんですね。

そしてそれらの捉え方に自分と相手ではあまりにも違うということに、正直かなり驚きました。

頭ではわかっていたつもりでも、やっぱり自分と他人は全く別の考えや信念で日々を生きているのだなと実感したんです。

この実感が今記事のキッカケでした。

 

 

僕が生きていく上で最も大切にしていることは自身の好奇心です。

自分がやってみたいこと、気になることについては出来る限り触れてみるようにしています。

やりたいからやってみる。やりたいならやってみる。座右の銘は?と聞かれたら僕はこう答えるようにしています。

自分の内にある好奇心に嘘は付きたくないんですよね。

他にも「思い立ったが吉日」なども個人的に大切にしているうちの一つです。

何はともあれ行動する。それがある程度出来ていると自覚もある。そしてこの行動力は自身の美点なのかもしれないと今では思っています。自己肯定としても”行動力のある自分”を尊重して生活していきたいという思いもありますね。

思考ばかり繰り返してなにも出来ない頭でっかちはなりたくないので。

 

やらない後悔よりもやる後悔とはよく言うもので、なるべくなら死ぬ時の後悔を少なくしていけたらなーなんて思ってます。

 

少なくする、というのが個人的に大事だと思ってるんです。

よく後悔のないようにって言いますよね。

あれ、僕は無理だと思ってるんですよ。

だって物や娯楽が無限にあって、色んな生き方や考え方が溢れたこの現代社会で後悔のないようにって聞くと、自身の可能性とかを縮めてしまってるように感じるんですよ。

身近なものだけとか自分ができることだけとか。

 

僕はやりたいと思ったことは際限なくやってみたいし、そこに労力とかお金とかを惜しみたくないんです。

とはいえ、生きるためには色々なしがらみやらが本当に多いので惜しみたくないと入っても限度はだいぶ低いですけどね。

所詮人間なんて自分の手の届く範囲のことしか出来ないですから。

 

それでも心構えとか捉え方はそうしていたいんです。

 

そんでもって最後には、あれもやりたかったこれもしたかった。それでもまぁそれなりに楽しめたかなと後悔しながらも納得して死にたいなーという話です。

 

 

 

殴り書きなので文脈もへったくれもないですが、これを読んだ方に僕の熱が少しでも伝わればいいなぁと思ってます。

 

おわりです。

みかん色の憧れ

みなさんどうも、最中司でございます。

 

今回は考察でもなんでもないんですが、ちょっと1期の高海千歌についてお話しようかなと思います。

今回の記事は非常に多くの私見と妄想が含まれていますので読む際にはご注意ください

 

 

○憧れとは

突然ですがみなさん、憧れの人や尊敬する人などはいますか?

こんな人になりたい。こんな風になりたい。

そう思ったことは誰しもあると思います。

ラブライブ!サンシャイン!!の主人公である高海千歌もそんな自分以外の誰かに憧れを抱いた1人。

 

その憧れの対象はスクールアイドルの頂点に立ち、母校を廃校の危機から救い、スクールアイドルという文化そのものを揺るぎないものにした伝説とまで言われたスクールアイドル『μ’s』でした。

μ’sに憧れ彼女たちと同じようにスクールアイドルを開始し、廃校という境遇に『μ’sと同じだ!』と無邪気に喜ぶほどに夢中になっていましたね。

 

そんな高海千歌が抱くμ'sへの憧れ。

一言に憧れといっても物語が進むにつれてこの”憧れ”は様々な形へと変化していきます。

1期1話の冒頭。

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スクールアイドルとの出会い。

大型ビジョンに映し出されるμ'sのライブ映像を見てμ'sの存在を知ります。

その後、μ'sの動画や楽曲を聞き漁り、梨子との出会いを経て彼女はこう言います。

「この人たちが目指したところを、私も目指したい。私も輝きたいって!」

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この時彼女の胸の中にあるのは純粋な憧れです。

この時点での憧れとは、μ'sやスクールアイドルになることと輝くことがイコールで結ばれています。

スクールアイドルになれば

μ'sみたいになれれば

キラキラ輝ける。

そう心の底から純粋に信じている。

この気持ちこそが、彼女が一番最初に抱いた憧れ。

 

1期3話

高海千歌を中心としたAqoursとしての初めてのライブ。

ライブ前に彼女たちはこのように言っています。

「私たちはその輝きと」

「諦めない気持ちと」

「信じる力に憧れ、スクールアイドルを始めました。目標は、スクールアイドルμ'sです!」

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そしてライブ終了後に彼女たちは「輝きたい!」とも言いました。

このセリフからわかる通り、彼女は目標設定をμ's=輝くこととしているのが分かると思います。

 

極めつけとなる1期6話

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「音の木坂と一緒だよ!これで舞台は整ったよ!」

つまり高海千歌の中で輝くということはμ'sが過去に辿ったものと同じルートに進むことだと考えているわけですね。

 

ここからSaint Snowとの出会いや敗北、3年生の加入や多くの気付きを経て高海千歌は自分自身の、Aqoursだけの物語へと足取りを進めていくわけですね。

 

そして1期12話

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これまでの様々な出会いと経験をしてきた高海千歌

憧れからはじまったこの物語ですが、憧れや目標が大きく変化するのがこの12話ですね。

ここで初めてμ'sを追いかけること=輝くことではないと気付けるという流れになったわけです。

 

さぁここまで読んで今更そんなわかりきったことをわざわざ言わんでも、とおっしゃるかもしれませんが今回のテーマの本質はここではありません。

ここまでの高海千歌の憧れを源泉とした言動を簡単にですがおってきましたが、いかがでしょう?

ここからが本番なのでもうちょっとお付き合い願います。

 

 

 

 

○憧れと劣等感

ここまで憧れについて話してきましたが、憧れという感情は僕も含め誰しも感じたことがあると先程お話しました。

憧れを発端とした行動を起こしたこともあるのではないでしょうか。高海千歌のように。

 

そうです。μ’sに憧れ、彼女たちを追いかけようとした高海千歌の言動は年齢の差異はあれど大多数の誰しもが体験としてあるものなのです。

 

好きな芸能人のマネをする。

好きなアーティストのように楽器を奏でたい。

好きなマンガ家のようなものを自分も描いてみたい。

 

そういった憧れからくる言動を非常に丁寧に、そして描いた理想と現実のギャップでさえも描写されているのがラブライブ!サンシャイン!!1期なのではないかと捉えています。

 

 

何かを作り出すクリエイターやそれに近しい活動や職を持っている方なら近いニュアンスの言葉を聞いたことがあるかもしれません。

 

『はじめはマネでいい。でもそれはどんなに頑張ったところで劣化コピーにしかならない。』

 

貴方も誰かを真似て何かをはじめた経験はありませんか?

真似だけでは立ち行かなくなり挫折に苦しんだことはありませんか?

憧れたあの人はなぜあそこまで登れたのかと疑問に思ったことはありませんか?

 

少なくとも僕はあります。

そして自分自身にその経験があるからこそ、アニメーション作品の中のキャラクターとはいえ理想と現実の間でもがき苦しみながらも走ることをやめない高海千歌というキャラクター像に共感と賞賛。そして、憧れを抱くのです。

 

しかし、憧れとは非常に脆い感情でもあります。

ここからは少しネガティブな話になりますが、

憧れと劣等感は紙一重、ほぼイコールと言ってもいいかもしれません。

憧れとは自分より優れている人に抱くもの。

技量や環境。人間関係や境遇。そういった様々な要因が自分より秀でている相手に対して沸き起こる、言わば″負の感情″です。

 

劣等感というのは積み重なれば嫉妬になり、やがて憎しみに変わります。

自分や周りの誰かがこの感情に流されてしまったという経験をしたことのある方がほとんどでしょう。

実際僕も思い当たります。

 

そうならないように、なりたくないと頭では理解していても実践するのはなかなか難しいものです。劣等感を自覚し、しっかりと向き合っていくのは憎むより遥かに難しいのです。

 

 

ここで高海千歌の憧れの変化を思い出してみてください。

高海千歌は憧れから劣等感に打ちのめされたことはあっても、嫉妬や憎しみに駆られることはありませんでしたよね。

劣等感と向き合い、その劣等感すら自らのアイデンティティとする姿勢。

この姿勢こそが、高海千歌の魅力なのではないかと僕は考えています。

 

前向きさ、ひたむきさ、真摯さ。

なにより彼女も僕らと同じ人間なんだと思える人間臭さ。

そんな人間臭さを持っているのに、どこか圧倒的なまでのカリスマ性をも持ち合わせている。

 

この強さと脆さが同居していることに、非常に魅力を感じます。

そして僕は高海千歌のそんなところに親近感と憧れの両方を抱きます。

 

僕らと同じように弱い部分もあり、僕らが憧れるような強い部分もある。

近いようで決して違うような、丁度いい距離感ではないかなーと。

 

僕らも高海千歌のような輝きが放てるのではないかとつい考えてしまいますね。そう考えることは少し恥ずかしいですが、同時に誇らしくもありますね。

彼女からの輝きを僕が受け取った証でもあるのですから。

僕達も彼女達のように自分自身で輝ける。駆け抜けることが出来る証なのですから。

 

 

さて、なんだか最終的に何が言いたかったのか迷子になってきたのでここら辺にしておきます。

本当に文章力やら構想力やら語彙力やら足りないものばかりですがそれでも書くことに意味があると信じてこれからもほそぼそとやっていきます。

 

それでは

9本の道、9つの場所

みなさんこんばんは、こんにちは。

最中司でございます。

懲りずに更新しております。

 

今回は小原鞠莉のソロ楽曲の『New winding road』の感想と妄想を話していこうかなと思います。

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この第6巻で各キャラクターソロ楽曲が出揃いましたね。

桜内梨子ソロ楽曲のみブログとして起こしていますので、記事としては2回目になります。少ないですね…

そちらもぜひどうぞ。

monaka-log.hatenablog.jp

 

今記事も桜内梨子ソロ楽曲の時と同様に衝動的に向き合いたくなり記事にしようと思ったのでお付き合いいただけると嬉しいです。

毎度のことながら、この記事に書かれている内容は僕の偏見と妄想が多用さていますのでご了承ください。

 

それでは早速やっていきましょう。

 

○第一印象

まずは第一印象ですが、これまでのソロ・ユニット含むAqours楽曲とは少々毛色が違うのかなと感じました。

こういうのをロックバラードと言えばいいのでしょうか。音楽ジャンルに詳しい訳では無いので断言はできませんが。

全体的に哀愁漂う雰囲気と小原鞠莉役の鈴木愛奈さんの圧倒的な歌唱力と表現力に心打たれました。

哀愁漂う雰囲気なのに、どこか明るい雰囲気もあるこの楽曲。そして小原鞠莉というキャラクターを考えた時、実はあまり鞠莉っぽくないなとも感じていました。パンクやメタル好きって言ってましたし(笑)

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この辺りも後ほど触れていきますね。

 

 

 

 

○曲名の意味とは

曲名は『New winding road』と題されており、直訳するならば『新しい曲がりくねった道』『新しい屈曲路』となるのでしょうか。

winding roadと聞くと、絢香×コブクロの楽曲を思い出す方も多いのではないでしょうか。あちらは歌詞にも『曲がりくねった道の先に』とあるのでわかりやすいですね。

こちらの歌詞も非常にラブライブ!サンシャイン!!を感じることが出来ると思いますので、お時間あるときは是非。


コブクロ - WINDING ROAD(絢香×コブクロ)

 

都内近郊や車にあまり乗らない方だとパッとしないかもですが、winding roadのように曲がりくねった道、屈曲路とは多くの場合山道や谷などに敷かれた道を指します。

沼津だと西伊豆スカイラインがこれに当たりますよね。

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とはいえ西伊豆スカイラインは非常に整備されているので比較的楽ではありますが。

 

脱線しましたが、何が言いたいかというとwinding roadが指す道というのは、険しい、又はそう簡単に通れるものではない『非常に険しい道のりである』ということです。

 

更にここで思い出していただきたいのが、この″道″という単語はこの楽曲だけではなく、色々な楽曲や映画、様々な作品で人生を比喩したものとして用いられることが多いということです。

そして曲名の頭にはnewという新しいことを意味する単語が付けられています。

 

以上を踏まえて曲名を考察すると、Aqoursが今まで歩んできた道のりが終着を迎えた後に、各メンバーが選んだ自分自身の選択を道と捉え、今までの道とは違う、新しくも険しい道のり、つまり人生を歩んでいくということ。その道中を小原鞠莉というキャラクターを通して僕らに伝えているのではないか。と僕は考えています。

 

 

 

 

○歌詞と背景

冒頭でもお話しましたが、ロックバラード調で哀愁漂うのにどこか明るさも感じられるこの楽曲。

ここではこの楽曲がどのような想いや背景で小原鞠莉が歌い上げているのかを妄想してみたいと思います。

 

歌詞を読んでみると、小原鞠莉Aqoursとして活動していた頃を振り返っているような、過去へのニュアンスが非常に強い言葉が多用されていますよね。

あの頃へ戻れる、遠く離れて、いつかなどなど。

つまりこれはAqoursとしての役目を終えた、スクールアイドルではない小原鞠莉が自分自身の過去へ思いを馳せている情景が浮かびます。

対照的に過去への言葉と同じくらい未来へのニュアンスが強い言葉も多用されています。もっと先、また、前を向いてなどですね。

これらの言葉には対象となる誰かがいるということは言うまでもありませんね。

そしてそれが誰なのということも。

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卒業と同時に内裏を離れ、メンバーとも離れてそれぞれの道へと歩き出し始めた頃。

ふと目を閉じると、Aqoursとして輝きながら歌い踊っていた日々が鮮明に蘇る。

歌やダンスに練習中の些細な会話。なにより強く思い出されるのは仲間たちの笑顔だ。

どれだけ彼女たちの笑顔に自分が支えられていたのかを改めて実感する。これも何度目なのか数えられたものではないだろう。

また会いたい。願わくばあの頃に戻りたい。そう思うこともある。

それでも、しばらくは戻らないと誓い合った。

仲間たちと歩んだ道ではないそれぞれの道を見つけるために。

今度は自分自身で見つけた道を辿り、自分自身で見つけた場所へ向かう。

胸を張って彼女たちに自慢しよう。私が見つけた道はどう?簡単ではなかったけどすごいものでしょう?って。

寂しいし早くみんなに会いたいけど、だからこそそのために私は頑張ろうと思える。

だって思い出も気持ちも胸の中にたくさんあるから。

さぁ、みんなに負けない私だけの”輝き”を探しに行きましょうか。

 

 

完全に妄想SSみたいになってしまいましたが、悔いはないです(笑)

卒業からどのくらいの月日が経っているのか。ほかのメンバーはどうしているのか。

それはこの楽曲からは詳細に読み取ることはできませんが、おそらく一人一人自ら選んだ道を進んでいる最中なのではないかなと。

寂しくて会いたいけれど、私だけ立ち止まっているわけにはいかないもの。と彼女なら言いそうですよね。

こちらも独白のようなニュアンスで歌われているので、小原鞠莉というキャラクターの素直な内面まで歌われているように感じます。

だからこそ少々弱音混じりな歌詞に意外性があり、小原鞠莉らしくないなと思っていたのですが、向き合ううちにこれほど似合う楽曲はないなと改めて感じることができました。

 

 

 

 

○印象的な歌詞とその意図とは

 過去と未来の想いが重なるような歌詞ですよね。

印象的な歌詞について語っていきますね。

 

 

”目を閉じたら ふと よぎる 歌があって

鞠莉が思う歌とはなんなのでしょうね。

恐らく答えなんてないのでしょうが、未熟DREAMERかもしかしたらキセキヒカルかもしれませんね。

僕個人的にはAqoursという存在に人一倍の想いがあったように感じています。

そんな彼女だからこそ最初のフレーズがこれなのかなと。非常に感慨深い導入ですね。

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”同じようで 違う太陽

空は繋がっている。劇中でもあったセリフですね。

ここでは太陽は違うとなっています。

”同じようで”という歌詞のある通り、以前鞠莉は今見ている太陽とは別の太陽を見たことがあると推測できます。

僕はこの太陽という言葉は別の言葉の比喩であると考えています。

僕が太陽と聞くと、真っ先に思い浮かぶのはSunny Day Songなんです。

Sunny Day Songでも歌われているとおり、太陽とは輝きの象徴ですね。

そこに先ほどの、この楽曲を歌っている時点での鞠莉は、恐らくスクールアイドルではないということを踏まえると、スクールアイドルとして輝き=太陽を目指したあの頃と、小原鞠莉という個人が目指す太陽は、同じ太陽=輝きだが全く別のものである。

ということではないでしょうか。

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こう考えるとスクールアイドルではなくなった小原鞠莉がこの楽曲を歌っているという説に説得力が持てるかもしれませんね。

 

 

”大好きだけど 止まってられない
    それぞれの場所 探さなきゃ

メンバーの中で最も過去に囚われ怯えたであろう鞠莉だからこその葛藤が伺えるこのフレーズ。

これまでの経験や精神的な成長では、恐らく鞠莉が最も上でしょう。

その事実故に彼女はそれぞれの辿る道、目指す場所がある、それに向かうべきだと誰よりも理解できてしまうのです。しかし、本音ではずっと仲間たちと共に楽しく笑いながら過ごしていたいという子供のような絵空事を思い描いてしまうのも鞠莉らしいですね。

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そんな彼女の父から受け継いだ小原鞠莉本来が持つ理解力と、仲間とのふれあいで生まれた彼女の年相応な一面が垣間見えるように感じます。

 

 

 

○総括

 

小原鞠莉というキャラクターは本当に多くのペルソナを抱えてますねぇ・・・小原家、理事長、スクールアイドル、果南・ダイヤの親友。

この楽曲を聞いて更に彼女の魅力に気づけたように感じます。

小原家、理事長、スクールアイドル、果南・ダイヤの親友

彼女はどこで何を思い、この歌詞に歌を乗せたのか。

スクールアイドル後の彼女たちが描かれている貴重な描写でもあると僕は思っています。

まだ劇場版が控えていますが、一体彼女たちのどんな姿が描かれているのか。

ソロ楽曲を聞きながら妄想にふけるのも楽しいですね。

 

というわけで勢いに任せて書き綴ってきましたが、いかがだったでしょうか。

なんか急に妄想たれながしたりして申し訳なさはありますが、一片の後悔もないのもまた事実。

色々粗はありますが、今回はこのへんで終了です。

駄文誤字脱字はご愛嬌ということで・・・

 

それではまた次の記事でお会いしましょう。

ピアノの少女

皆さん実にお久しぶりです。

 

「Pianoforte Monologue」記事です。

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もうほんと今更感のある題材ですが非常に心打たれたので書かせていただきます。

 

内容的にほかの方とかぶってしまっている部分がもしかしたらあるかもしれませんが、その辺りはご了承ください。すみません。

 

実はソロが曲自体、1巻特典曲の「One More Sunshine Story」以外は一切聞いていませんでした。

BDも購入こそしましたが、封だけ開けてそのままだったのです・・・

いい加減聞くかと重い腰を上げてみればびっくりするほど刺さってしまいましたね。

というわけで、前置きはこの辺にして「Pianoforte Monologue」記事本文をどうぞ。

 

 

 

 

○第一印象

まずはこの楽曲を最初に聞いたときの印象は、とにかく澄んだ非常に美しい音ばかりで心を掴まれました。その音で更に美しさが引き立てられた桜内梨子ちゃん(逢田梨香子さん)の歌声がスッと耳に馴染んでいくような、そんな感覚を受けました。

そして”桜内梨子”というキャラクターを象徴する音楽、またはピアノに関連したキーワードが楽曲中に散りばめられており、実にソロ楽曲らしいものになっていますね。何度聞いても鳥肌が止まりません。

 

これは個人的な好みの問題なんでしょうけれど、楽曲のなかでピアノの音色を全面に押し出している透明感のある雰囲気にどうやら弱いらしいです。めちゃくちゃ好みですね。

 

 

 

 

○曲名や雰囲気について

先程も軽く触れましたが、音楽関連、特にピアノに関連するキーワードが多く登場するこの楽曲。

「Pianoforte Monologue(ピアノフォルテノローグ)」という題名を直訳すると、「ピアノ(楽器)の独り言」となりますが、音楽用語的な解釈をするのならば”piano”は弱音。”forte”は強音。

そしてMonologueとは独り言や独白といった、対面する・会話する相手のいない状況での告白。

更に歌詞の雰囲気を汲み取ると、彼女はたしかにひとりでこの言葉を紡いではいますが誰かに向かって投げかけているような言葉使いが多くあります。

一人で紡いでいるからこそ、誰かを思った言葉が素直に言える。そんな情景が僕には見えるのです。

以上を踏まえて僕なりに訳すと「弱音と強がりの入り混じった独白」という感じになるのかなと。

 

ピアノという楽器に非常に多くのウエイトを置いてこれまでの人生を歩んできた彼女。

物語序盤の彼女は非常に弱々しく、まさに”ピアノ(弱音)の少女”といったものでした。

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しかしピアノという楽器は弱い音も強い音も自由に奏でることができる楽器。

物語を通じて弱音しか吐けなかった少女が仲間を通じて強がりもできるようになり、気恥ずかしくなりながらも一人で自らの歩みを美しい旋律に乗せて踊るように語ることができるほどに成長できた。

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そう考えると、この楽曲がもっと好きになれるのではないかなと思います。

 

 

 

 

○印象的な歌詞とその意図とは

この楽曲の美しいところはもちろんメロディだけではありません。

美しい言葉の言い回しや、一度聞いたら心に残り続けるキャッチーな歌詞も魅力の一つです。

ここでは僕個人的にいいなと思ったフレーズをいくつかあげ、それを元に意図や背景なんかを妄想していこうと思います。

 

 

 

 

”新しい 夢と涙
  溶け合った コンチェルト”

文字として見たときにまず目を引くのが”コンチェルト”というフレーズでしょう。

皆さんも知ってのとおり、コンチェルトとは協奏曲を表す用語ですね。

その協奏曲に溶け合うのは新しい夢と涙。これに関しては2通りの捉え方が出来るのではないかと思います。

一つ目は桜内梨子という個人としてのもの。

ピアノという今まで常に持ち続けた夢とそれに伴う涙。そこにスクールアイドルとしての夢と涙が溶け合うという表現ですね。

 

そしてもう一つはスクールアイドルAqoursとしてのもの。

自分だけではないメンバーや、多くの応援してくれている方々と目指す新しい夢とそれに伴う涙。多くの人々の夢と涙が溶け合うという表現になります。

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これは今までの彼女たちの軌跡の捉え方で十人十色だと思います。

個人的にはこの二つが彼女の胸の中に同時に存在していたらいいなと思いますね。

過去の自分と今の自分、それに仲間たちや応援してくれる多くの人々が溶け合って、ひとつの大きな夢と涙になる。こう考えると素敵だなと感じますね。

 

 

 

 

”なんでも恐れず やってみようと 決められる 強くなれるの

このフレーズは梨子が音ノ木坂からの転校生であるということに起因するように感じています。

皆さんも知ってのとおり、スクールアイドル、ラブライブ!という作品においてAqoursは第二子にあたります。第一子はご存知μ'sです。

メンバー同士の直接的な関与があったかはわかりませんが、Aqoursの中で唯一μ'sとの間接的にせよ多くの接点があったとされるのが梨子。

やりたいから、楽しいからやってみるという精神、もしくはテーマ性はμ'sから受け継がれるものとして梨子が歌ったのではないかと。

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僕がラブライブ!という作品に惹かれた理由もこの精神なんです。

少し昔話ですが、僕がこの精神を掲げ始めた頃に丁度μ'sと出会い、自分の考えを肯定されたような気がして非常に多くの勇気をもらったというエピソードがあります。

その精神をAqoursでもしっかりと描き、音ノ木坂から浦の星へと引き継いでくれた。

この流れは非常に嬉しいですね。

 

 

 

 

”あなたを音で 抱きしめたいの 受け取って この想い

最初に謝っておきますが、このフレーズに関しては僕の中の百合おじさんが非常にうるさいので、その辺の妄想が苦手な方はすっ飛ばして読んでください。

 

えーっとですね、もうこれちかりこ早く結婚しろ案件ですよねほんと。
これ完全に桜内梨子から高海千歌へ送る愛のフレーズじゃないですか。
ほかのところでみんなって言ってるのにここ明確にあなたって言ってるじゃないですか。
これ完全に高海千歌に向けてますよね?
いやもうほんとありがとうございます。無理です。ちかりこしんどいっすねほんと最高っすね。

 

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以上です取り乱しました。

 

 

 

 

”ピアノなら 伝えられそう  みんなには 感謝してること
    だから だから 何度でも弾きたい  喜びの調べを

何度でも弾きたい。それは彼女の気持ちの大きさ故に、何度弾いても伝えきれない、何度でも弾きたいと思うほど。

 

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恐らくですが、この”喜びの調べ”を作っている最中の彼女の心境がこのフレーズなのではないかと考えています。

そう遠くない先にある別れの時。それを笑顔で迎えるための曲。

彼女から送られる最大の感謝の意。最も自分らしく最も自分を表現できる手法。

その楽曲がみんなの前で披露されるのかは僕たちにはわかりません。

それでも彼女は自分らしいやり方で感謝の気持ちを綴る。本当に素晴らしいフレーズですね。

 

 

 

”出会えて 嬉しくて 本当なの  忘れないでね

もう言葉は不要かもしれません。

彼女の心の底からの本心なのでしょうね。月並みな言葉だからこそ心に響くのでしょう。

この楽曲はモノローグです。桜内梨子が綴る独白の歌。完全に妄想ですが、この楽曲はいずれ来る仲間たちとの別れの日、その最後の日に彼女が思い出を振り返りながら一人で歌った楽曲なのではないでしょうか。だからこそ素直に自分の感情を歌にできるのではないか。

 そう思えて仕方ありません。

 

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このフレーズは桜内梨子からメンバーに向けた言葉でもあり、逢田梨香子さんから僕たちファンに向けた言葉とも受け取れますね。

それは逢田梨香子さんのAqoursでのライブ等での真摯さから受け取れる部分が多くあると思います。

本当に素晴らしい楽曲だと思います。個人的な好みももちろんありますが、非常にお気に入りと1曲となりました。

 

 

 

 

総括

ここまで色々と語ってきましたが、全て僕の妄想に過ぎないことを再度お伝え致します。

正直なところ、桜内梨子というキャラクターについては推しではないのであまり思考していなかった部分がおおくありました。

今回ここまで刺さってしまったのは予想外でもありましたし自分でも驚いています。

恐らく理由としてはプロジェクトラブライブとしてのテーマ性が凝縮されているような印象を受ける歌詞で歌われているところだと思います。

例として上げるのであれば

”ずっとずっと 眠ってたの 心の熱い願い”

”感じる 一人じゃない 気持ちは いつも 繋がってるね”

”なんでも恐れず やってみようと 決められる 強くなれるの”

などですね。

本当に何度も聞いてしまうほどに魅力的な楽曲ですね。

何度でも言いますが逢田梨香子さんの歌声が本当に美しいです。

ライブでは生で聴けるのかはまだわかりませんが楽しみですよね。

 

とうわけで久々の更新でした。

分量も少ないですしおもったよりサクサクかけたので少し自信がつきました(笑)

やるやる詐欺に終止符を打てたかなとも思いますので、今後も気楽に書いていこうと思います。

 

それではまた次回の記事でお会い致しましょう。

それでは。